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キングダムの什虎城とは?史実や楚や魏との関係を考察

キングダムの什虎城とは?史実や楚や魏との関係を考察
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現在キングダムは、秦・魏同盟で、楚の城である什虎城を攻め、什虎城軍の戦いの真っ最中です。

鄴攻略を果たし、いよいよ趙の邯鄲が目の前に迫った秦軍ですが、邯鄲防衛軍の厚い守備で苦戦を強いられ、援軍を呼ぼうにもその援軍を送る余裕がない状態です。

そこで秦の”頭脳”である昌平君が討った策が、魏との同盟!

これにより対魏に展開している秦軍を邯鄲攻略に回すという戦略です。

しかし、長年の天敵でもある魏がそう簡単に同盟を結ぶはずもなく、秦・魏で共同で楚の什虎城を落として、その什虎城を魏に与える条件をつけました。

実際、魏の呉鳳明は当初秦との同盟を拒絶していましたが、什虎城と聞いて態度が急変!

結果、秦・魏同盟が結ばれました。

什虎城とは、それほどに重要な地なのでしょうか?

また史実にも記されているのでしょうか?

今回は「キングダムの什虎城とは?史実や楚や魏との関係を考察」と題しお届けします。

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キングダムの什虎城とは?

キングダムの什虎城とは、秦、韓、魏の国境に位置する楚の城です。この4ヵ国の国境に位置する什虎城は中華でも指折りの重要拠点と言われています。

だからこそ、魏も什虎城を得られるということで、因縁の秦との同盟を決断したのでしょう!

しかし、楚の什虎城は”怪物たち”が根城にしている厄介な城でもありました。

城主・満羽を筆頭に千斗雲、玄右、寿胡王の4人、各々、元々楚に吸収された小国の大将軍だった人物です。

重要地の什虎城では何年も戦が起きていない、それはこの4人が全て返り討ちにした結果でもあります。

その重要拠点に、秦軍は蒙武と謄の二人の大将軍、魏は呉鳳明を筆頭に乱美迫など、まさに夢の布陣で挑みます。

しかし、対する什虎軍は、援軍の項翼、白麗を加えて万全の撃退態勢で迎え撃ちます。

そしてまさに今、激戦の真っ最中!!

 

秦が什虎城攻略に動く

そもそも秦は何故什虎城攻略に動いたのでしょうか?

昌平君も什虎城の”危険度”は知っている筈、何故、リスクを冒すようなことをするのか?

それは秦の置かれた状況を整理すると答えが見えてきます。

まず秦の一番重要なことは、趙の邯鄲を落とすこと。

これを早々に実現しないと、嬴政(えいせい)や昌平君が目指す”15年で中華統一”の実現が難しくなります。

邯鄲を落とすには、軍の増援が必要不可欠ですが、各国国境に軍を展開している秦軍にその余裕はありません。

そこで昌平君が目を付けたのが、魏の国境に展開する軍を邯鄲攻略の増援とすることです。

だからこそ、魏との同盟が必要不可欠であり、魏と同盟を結ぶために、超重要拠点である什虎城を魏と共に攻め落とし、魏に与えるという策を打ち出したのでしょう。

ある意味、魏と同盟を結ぶための”苦肉の策”とも言えますが、中華統一に向けて楚は避けて通れない相手であり、その重要拠点の什虎城も同様です。

魏との同盟を利用して、什虎城の脅威を取り払って魏に与え、将来的に魏から什虎城を取り返せば良いと考えたのでしょう。

つまり、将来の最大の敵の”楚”の戦力を今のうちに削っておくことができ、尚且つ、将来魏から什虎城を奪い返すにしても、一度戦った地で戦略も立てやすい面もあります。

苦肉の策でありながら、”一石二鳥”の魏との同盟、流石、策士昌平君です。

 

什虎城は史実では実在した?

結論からいうと、史実において什虎城は存在しません

更にいえば、什虎城に鎮座する満羽、千斗雲、玄右、寿胡王も史実には記されていません。

つまり、現在の什虎城と什虎城の面々は全て原先生のオリジナルになります。

では、什虎城のモデルはどこなのでしょうか?

当時の中華の地図を見ると、”南陽”の可能性が高そうです。

南陽は中華の南北を結ぶ交通の要所であり、後漢時代には中国全土で最大の人口を誇る都市でもありました。

什虎城が中華でも指折りの重要拠点であることも重なりますね。

尚、今回の什虎城を始め、全てが史実に記されていないと言えばそうではなく、秦と魏が同盟を結び、楚を攻めたことは史実に記されています

そして、史実では楚の李園の計略により、大きな戦いが起こることはありませんでした。

でも実際、もう原作では大きな戦いが起きちゃってますよね。

また李園も登場はしていますが、計略を仕掛けるような、”知”を持ち合わせているとは思えません。

あるとすれば、”禍燐(かりん)”の計略くらい…。

繰り返しになりますが、什虎城は史実に記されておらず、現在キングダムで描かれている戦いはオリジナルです。

 

キングダムの什虎城の楚や魏との関係を考察

什虎城、中華指折りの最重要拠点であることは分かりました。

そして什虎城に巣食う、満羽、千斗雲、玄右、寿胡王の4人が強力過ぎて、何年も戦も起きていないことも明らかになりました。

しかし、そんな強力な戦力がいるのであれば、楚も什虎城に命じ、他国侵略に動けば良いのではないでしょうか?

先の合従軍でも楚軍に組み込んでも良かったわけです。

何故、それをしないのか?

また、魏も何故、わざわざ因縁の相手である秦と組んでまで什虎城を攻める必要があったのでしょうか?

 

楚と什虎城の関係は?

楚と什虎城の関係は、他国から見れば、什虎城は楚に属する城ですが、実際は、什虎城は”楚であって楚ではない”のです。

什虎城周辺にあった小国を楚が滅ぼし、自らの領土に組み入れてはいます。

しかし什虎城の満羽、千斗雲、玄右、寿胡王は自分の国が滅びても、戦い続けた歴戦の兵であり、服従させようと、楚が送り込んだ軍を全て返り討ちにしています。

中には、秦の六大将軍の一人王齕を打ち破り、当時、中華最強と自負していた”汗明”ですら、返り討ちにしたとか!!

そして遂に、楚は什虎城を諦めた、と寿胡王が語っています。

だからこそ、什虎城は降りかかる火の粉は払いますが、楚の命を受けて戦うことはありません。

一方楚も什虎城を服従させることは諦めましたが、楚に戦いを挑むわけもないので、共存共栄ということなのでしょう。

ある意味、今回の戦いは秦・魏の同盟軍VS什虎軍・楚の同盟軍の戦いと言えます。

 

魏は什虎城が欲しかった?

何故、魏は因縁の相手である秦と同盟を結んでまで什虎城を欲したのか?

もちろん、領土が広がればそれに越したことはありませんし、因縁の相手とは言え、中華を蹂躙しようとする秦を一時的に味方にすることは悪い話ではありません。

でも、一度は同盟を蹴ろうとした呉鳳明が什虎城を名を聞いた途端、同盟に舵を切った訳ですから、什虎城が余程魅力的だったことは間違いないでしょう!

ポイントはこの什虎城の位置でしょう。

中華指折りの重要拠点という意味が良く分かりますね。

仮に、この什虎城を秦に取られてしまうと、魏は南に蓋をされてしまう事になります。

また、秦と韓が接してしまうという問題に直面します。

中華7雄で最弱と言われる”韓”と”秦”の力の差は歴然ですから、秦と韓の国境が接してしまうと秦の韓へ侵攻が始まる可能性があり、それは魏にとって最も恐れる展開でしょう。

裏を返せば、魏が什虎城周辺の地を抑えれば、秦の東への侵攻を阻むことが可能です。

魏からすれば、喉から手が出るほど欲しい土地であり、その攻略を秦軍と共に行えることは、大きな利点と言えます。

だからこそ呉鳳明は、憎き相手の秦との同盟を結んだのでしょう。

什虎城が欲しい魏と、邯鄲へ増援を図りたい秦の利害が一致した今回の秦・魏同盟だと考察します。

 

什虎城についてのツイッターの反応は?

 

キングダム什虎城まとめ

キングダムは、秦・魏同盟で、楚の城である什虎城を攻め、什虎城軍激戦の真っ最中です。

什虎城とは中華でも指折りの最重要拠点ですが、実は史実には登場しません。

蒙武に謄、呉鳳明など中華の傑物が揃った豪華な面々に対し、迎え撃つ什虎城の満羽、千斗雲、玄右、寿胡王は予想以上の”化け物”でした!

今後の展開から目が離せません!!

以上「キングダムの什虎城とは?史実や楚や魏との関係を考察」と題しお届けしました。

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